2020 August

 

 
 
ようやく長い梅雨が明けた1日、8月に入ってからの梅雨明けは13年ぶり、観測史上3番目に遅い梅雨明けとか。コロナに長梅雨と本当に大変な2020年、せめて日々の生活は快晴の空のように澄み切った気持ちでありたいもの。打ち合わせに向かう車の中から見る皇居前広場の黒松の木々も表参道のけやき並木も、久しぶりの太陽が嬉しそう。しかし再び増え続ける新規感染者数に怯えるように街は静まり返っている・・・。

 

 

 
 
 
打ち合わせの合間に久しぶりにショッピング、パリの蚤の市のようなブティックを覗く。この数か月、殆どのショッピングはオンライン、品物を手に取って選ぶ楽しさを再発見。何よりもブティックの空間や雰囲気を楽しむことはオンラインでは出来ない・・・。

 

 

 
 
 
8月に入り新規感染者数が増え続けようやく梅雨明けしたというのにGOTOキャンペーンどころではない状況が続く。街も通りも人っ子一人居ない週末・・・。

 

 

   
 
 
久しぶりにエールフランスのスケジュールの打ち合わせ、もう何ヶ月ぶりだろう?30年以上もエールフランスに乗り続けているため機材の移り変わりにもすっかり詳しく。エアバスA380は世界初の総2階建ての超大型旅客機。4基のターボファン(エンジン)による史上最大、世界最大の520席を誇る旅客機、2009年に初めて搭乗した時はその快適性と広々とした機内に感激したもの。コロナによる移動制限が世界中に広がり退役を余儀なくされ6月にラストフライトを迎えたというA380、今では300席ほどの座席数に20人ほどのチェックインと伺い世界はコロナに翻弄されていることを実感する。

 

 

 
 
 
いつもなら人でごった返しているお盆前の銀座も新規感染者数の急激な増加で再び静かに・・・。打ち合わせを終えて車を待つカフェもガラガラ、4丁目の交差点が一望できるラウンジ席には誰もいない。

 

 

 
 
毎回楽しみにしている和光のウィンドーディスプレイ、リニューアルオープンを前に新しいディスプレイに替わる今晩。コロナの閉塞感にさいなまれた街に爽やかな風が吹くように・・・、新しいウィンドウが楽しみ。道行く人もその様子をライブで見守る珍しい光景をカフェのラウンジから眺める。

 

 

 
 
無症状の感染者を恐れやはり3密は避けたい・・・、と打ち合わせも再びお寺の東屋にて。涼やかに揺れる柳と石像、どこぞの名寺にでも来たかのような静かで趣のある風情にすっかり和む。

 

 

 
 
 
4月の緊急事態宣言による外出自粛要請以来、延々と続いていたアトリエの整理もいよいよ終盤。さまざまなイベントの記録やアトリエのディスプレイ用の額装、クライアントのギフトなどを一つ一つ仕上げる。4月からの不思議な空白の時間は記憶が遠く、人々が集まっていた頃の写真を懐かしく想う。

 

 

 
 
 
ようやく夏らしい入道雲の空を眺めつつ軽井沢へ。横川のサービスエリアは既にお盆の気配で早朝にもかかわらずそれなりの混雑に驚く。青空に聳えるように立つ彫刻のようなライトの塔を見る度にモニュメンタルな彫刻で知られるアーティスト、アンソニー・カロを思い出す。爽やかな山の風が心地よく、碓井峠を越えればもうすぐ・・・。

 

 

 
 
我が家の庭先に聳えたつ「大もみの木」、日本女子大の三泉寮からほど近いこの地に創始者である成瀬仁蔵先生の銅像が立つ。鬱蒼とした緑をかき分けるように進むと 森の妖精でも舞っていそうな苔むした景色が広がる。私の名前は「紅絹」でもMOMIと読むけれど、この木にちなんで?と訊かれることも多く私にとっては思い出深い大もみの木。長雨で茂りに繁った緑の手入れはガーデニングと言うより「伐採」の気分。

 

 

   
 
 
久しぶりに安定したお天気が続き雨の心配のないバーベキューランチ。子供の頃からテラスと屋上庭園で育ったせいか、いかなる時も外で過ごしたい私は少々の雨ならパラソルを立てて凌ぐ。大雨になってお皿を持ったまま軒先に走るのも軽井沢の夏の楽しい思い出。

 

 

 
 
今年は新型コロナウィルスのため軽井沢に来る事がないまま夏を迎え一年ぶりの発地市庭。珍しい高山植物の鉢植えは見ているだけでも楽しく、ヨーロッパの避暑地のように薪のコーナーがあるのも湿度の高い軽井沢ならでは。オーガニックのお野菜に交じって鹿の角を売っていることにも驚く。

 

 

 
 
 
発地市庭からほど近いル・ヴァン美術館に立ち寄るとカフェから友人ご一家がお出まし、こんな夏の軽井沢らしい出来事も今年は皆さんマスク姿。美しいお庭を眺めながらしばしお喋り、家族ぐるみで世代を超えたお付き合いが出来るのも軽井沢ならでは。

 

 

 
 
21歳でパリに渡って以来、半年以上も日本に居たのは初めての事。日本は鎖国状態にある今ヨーロッパでも入国できない国もあり全てが変則的で不透明、エールフランスも東京ーパリ間の直行便は大幅に減便で週3便しかない。久しぶりにオフィスに伺って長いお付き合いのT氏としばし思い出話、湾岸戦争の時は機内に数人しか乗っていなかった事を思い出す。

 

 

 
 
長い間日仏を往復する生活を送っているけれど今回ほど出発に際して緊張したことはない。ヘアカットにまで行き全てにおいて「準備万端」を目指す。いつものスタッフも「パリに帰る」と言った途端、皆さん同様に武漢にでも送り出さんばかりの雰囲気、再び勝海舟のような気分に・・・。

 

 

 
 
 
車で出たついでに出発前の買い物、最近は全てを一度にまとめて済まそうとするせいかすっかりショッピングをしなくなった。久しぶりにコスメのカウンターを覗こうにも全てがカバーされていてフェースシールドをした美容部員さんとマスク越しの会話、これではのんびり新色の口紅など選ぶ気分にもなれず・・・。

 

 

 
 

東京の街は既にお盆休みの気配なのか?はたまた皆さんリモートワークなのか?驚くほど人が居ない東京駅。普段は美しい駅舎の全貌を遠くから眺めるなどほぼ絶対に出来ないけれど。後ろに聳える高層ビルが無ければイギリスかと見紛う緑の芝生と赤レンガの駅舎、再び始まった東京オリンピックまでのカウントダウン時計が静かに佇む。

 

 

 
 
やはり街はお盆休みなのだ、と実感する駅舎内。近代建築の父と言われる辰野金吾の設計によるこの東京駅丸の内駅舎、関東大震災や第2次世界大戦で焼失した主要部分が可能な限り復元されたそう。何度も来ているけれどいつもは人で見えない美しいドームやレリーフを見上げる。誰も居ない丸の内・・・。

 

 

 
 
元所員のY君と東京ステーションギャラリーでバウハウス展を見た後、お茶をしようにも開いているお店も少ない上3密は避けたいと車で学士会館に移動する。3密とは程遠い渋い「談話室」でようやく手指を消毒してマスクを外して・・・、本当に大変なご時世になった。久しぶりに訪れる学士会館、結婚披露宴の懐かしい思い出もコロナの話題でかすみがち。

 

 

 
 
街はいよいよお盆休みでガラガラの東京、そして連日の猛暑・・・。澄み切った真っ青な空に鬱蒼と茂る街路樹、東京の街もなかなか美しい。明日の出発を控え万が一に備え戸籍謄本を取りに港区役所に向かう。パスポートを無くすことなどあってはならないけれど、再発行には戸籍謄本が必要なのは長年の日仏生活の経験から。

 

 

 
 
パリに戻る前に仕上げるべき仕事も終盤、アトリエで最終の撮影を終える。出発を控えいつになく緊張している自分に驚くと共に今までバスのように気軽に飛行機に乗って日仏を往復していた生活が信じられないほど・・・、変わってしまった日常をしみじみ思う深夜のアトリエ。

 

 

   
 
 

いよいよ数か月ぶりにパリに戻る朝、快晴の成田空港は見渡す限り車も人も居ない。「パリに帰る」と言うと皆さんまるで武漢にでも送り出すかのごとく・・・、まるで勝海舟のような気分の出発に。

COVID-19 コロナ禍のパリへ

 

 

 
 
コロナウィルスの感染拡大防止のため一時は完全にストップしていた東京ーパリ便も6月から徐々に再開、とはいえ未だ成田発の週3便のみの運行。ニューカレドニアから成田経由でパリに戻る人々で意外にも混んでいるのは、ニューカレドニアとフランスを結ぶエアーカランの旅客幾が完全運休のせいとか。私が学生だった頃はまだまだバブルの名残りもあり、エールフランス、日本航空、就航したばかりのANAと一日に大変な数のジャンボ機が東京ーパリ間を飛んでいた・・、そんな時代を懐かしく思う久しぶりの機上。

 

 

 
 
こんなにも長くパリを留守にするのは21歳でパリに渡って以来初めての事、懐かしい我が家の前に到着すると入口のオートロックがなぜか開かない。通りは静まり返っているし頼みの綱のカフェはクローズ、一体どうしたものかと途方に暮れる。

 

 

 
 
 
コード番号もオートロックの電子キーも機能しないので仕方なくまずはホテルに泊まることに。しかし我が家のお隣のホテルはコロナの影響でクローズ、残るのは通りの先の4つ星ホテルのみ・・・。

 

 

 
 
サンジェルマンらしいコージーなエントランスをくぐりレセプションのマダムにひとしきり事情を説明。アクセントの強いフランス語に「イタリア人?」と訊くとナント主人同様ヴェネチアで勉強した上、日本語を3年間習っていたと。すっかり打ち解けオーソレミーオでも歌わんばかりに喋り捲るマダム、これでは感染も拡大するというモノ。

 

 

 
 
 
久しぶりのラテンのリズムを懐かしく思っていると、フランス政府は今日からイギリスからの入国を制限するとかでホテルはキャンセルが相次ぐ。折からコロナの影響で観光客は激減、ホテル業界の厳しさに拍車がかかる。ついにガラガラになってしまったホテル、マダム曰く「とっても良いお部屋を用意できるわぁ〜」と自らのアイディアに酔っているかのような身振り手振り。美しいロビーでひとまず携帯電話の充電、パリの生活はいろいろある事を久しぶりに思い出す。

 

 

   
 
 
まだまだ日の長いこの季節、酷暑の東京からくると天国のような涼しさとカラッとした空気に感激する。青空に聳えるサンジェルマン・デ・プレ教会もいつになく愛おしく、パリに帰って来た実感。

 

 

 
 
サンジェルマンが見渡せる最上階のお部屋は、いかにもパリ・・・。映画のシーンがシンクロするようなバスルームは斜めの天井に天窓、たっぷりとしたカーテンを開けると素晴らしい景色が広がる。ようやく寛ぎほっとするアペリティフタイム。

 

 

 
 
 
サンジェルマンに長く住んでいるけれど、なかなか街を一望する機会はない。静かなサンペール通りに遠く佇む我が家を望み、この数か月に起きた世界的パンデミックと不思議な時間感覚、何もかもが変わってしまった日常を想う。
暮れて行くパリの美しさに癒されいつまでも眺めていたい。

 

 

 
 
 
本当に久しぶりにパリの生活が始まる。ポンピドーセンターに来るのは昨年の11月以来、既に始まっていた創立30周年の大修繕に伴う障害者用エレベーター取り付け工事もコロナの影響で完全にストップ、ようやく再開したそう。東京とは違い「都市封鎖」=いわゆるロックダウンになったパリでは延び延びになった工事現場が至る所に。

 

 

 
 
ポンピドーセンターもパンデミックの影響で数か月のクローズを余儀なくされ再開後はとにかく「ソーシャル・ディスタンス」と、テラスにはデッキチェアが並ぶ。普段は出ることもあまりなかったテラス、パリの街をバックに美しい彫刻作品を眺めながら寛ぐのも今の時期ならではの贅沢なのかも知れない。

 

 

   
 
 
いつもは満車が続くパーキングもガラガラどころか一台の車も居ない・・・。8月のパリが空いているというのは通説だけれどココまで空いているのはやはりコロナの影響、前を行く車がないので方向感覚を失いそう。

 

 

 
 
サンジェルマンに長く住んでいながら一度も訪れたことのなかったサンジェルマン・デ・プレ教会の脇にある小さな公園。いつもは子供が遊ぶ公園もコロナの影響で外出できなくなった大人達の癒しの場所になっているのは東京と同じ、ヴァカンス帰りで日焼けした人々がのんびり読書などしている。可愛らしい植栽に佇むフランスの詩人、ギヨーム・アポリネールの像、さりげないこの銅像がピカソの作品だというのも驚く。

 

 

 
 
 
普段は入ることもない公園、各区が管理している開閉園のシステムも初めて知る。街のビストロはどこもヴァカンスでクローズ、カフェはガラガラ・・・、賑やかなのは公園だけという現象もコロナの影響、そして日本と同じ。まだまだ暮れない真っ青な空に聳えるサンジェルマン・デ・プレ教会を眺めつつピクニック気分でアペリティフ。

 

 

 
 
日も長く爽やかな夕暮れ、久しぶりにサンジェルマンをそぞろ歩く。映画のロケに使われることの多いドラクロアのアトリエが残る広場も今はひっそり、全てがクローズで静まり返っている。かつてスイスから到着したばかりのコルビジェが住んでいたという建物を通り、コロナで中断していたであろう大がかりな工事が夕暮れの空にシルエットを描く。

 

 

 
 
そしてセーヌ川の夕暮れ・・・、刻々と変わる空の表情が水面に映りあまりにも美しく立ち去りがたく静かに日が暮れるのを待つ。

 

 

 
 
今年はコロナの影響でさまざまな手続きが滞ったまま数か月が過ぎる。9月に入ると長蛇の列でとても一日では終らないというのは長年の経験、何とか8月中に終わらせたいもの。久しぶりに赴く警視庁もいつもとは違った様子・・・、例年は世界中から来た人々が列に並ぶというより「押し合い圧し合い」、正に3密な待合い室も今年は全て屋外、そしてソーシャルディスタンス。フランスの入国制限により感染拡大防止の都市封鎖以後、再入国出来ない人も多いと聞き胸が傷む。

 

 

   
 
 
ひとまず溜まっていたさまざまな手続きを終え、プラハへ。ついこの間まで飛行機を乗り継いで自由に仕事をしていたことが遥か昔のように感じられる。ヨーロッパ航路のターミナルFも本当に久しぶり・・・。

 

 

 
 
ヨーロッパ内の入国制限はだいぶ緩和されたと聞いていたけれど・・・、ターミナルFですら殆どのブティックやカフェはクローズ。搭乗を待つ間のお楽しみもなく、旅に出る解放感より「感染防止対策」に気を遣うコロナ禍の出発。 プラハ・ブルノへ

 

 

 
 
飛行機が着陸すると何とも言えない安堵感、30数年のパリ生活でこんな気持ちになることはなかなかない。シャルル・ド・ゴール空港のパーキングはやはりガラガラ、急勾配の出口を上がり路上に出るとライトアップされたコンコルドが見える。8月のパリらしく延々と工事の続く高速、ぐるぐると迂回しているうちにまた振り出しへ・・・、一体いつお家に着くのだろう?

 

 

 
 
最近は忙しく仕事以外のクリエイションはすっかりご無沙汰、いろいろ作りたいモノや描きたい絵はあるけれどなかなか時間がない。そんな反省を込めて今年のバースデープレゼントにはキャンバスとパレットをリクエスト。セーヌ川をバックにイーゼルが並ぶ美しい光景を眺めつつあれこれ選ぶ楽しい時間。

 

 

 
 
大好きな美術館パレ・ド・トウキョウ。巨大なスペースに幾つもの展覧会が同時に開催されるヴェネツィアビエンナーレのような自由な雰囲気。ミュージアムショップはポップでユーモアのあるグッズが並びまるでおもちゃ箱のよう。

 

 

 
 
21時を過ぎても空はほの明るく美しい夕暮れにパールホワイトのモスクが輝く。外国の文化をそのまま受け入れる街、パリを象徴するような景色がドラマティックに広がりしばし感動する。エッフェル塔とモスク、これこそがパリなのかも知れない。

 

 

 
 
 
 
今年はコロナのパンデミックによる全世界的経済活動の停滞でCO2の排出量は急減したいう。そのせいか?いつになく空が美しい夕暮れ、濃い青空とライトアップが始まったエッフェル塔、ナポレオンが眠るアンヴァリッドが遠くに佇む・・・、思わず遠回りしてプチドライヴを楽しむ。

 

 

 
 
パリに初めて来た19歳の時、雑誌オリーブのパリ特集の切り抜きを握りしめて来た思い出のブティック。それ以来30数年に渡り私の愛用品であるレペトのバレエシューズ。クラシックバレエのウォームアップウェアなど、普段の生活でも着られるスタイリッシュなアイテムが揃うのも魅力。

 

 

 
 
美しいギャラリー・ヴィヴィエンヌのブティックもヴァカンスで全てクローズ、ガランとしたギャラリーに私の足音だけがこだまする。懐かしいヴィクトワール広場も人っ子ひとり居ない、そしてKENZOのブティックが無くなったことを知る・・・。

 

 

   
 
 
 
昨年のショッキングな火災から一年、久しぶりにノートルダム寺院を訪れる。昔住んでいたアパルトマンは歩いてすぐソコ、懐かしい遊歩道を歩き橋を渡り正面へ。西日に照らされ美しく浮かび上るレリーフ、早く復元工事が終わり再び皆が集える日が来ることを祈らずには居られない。

 

 

 
 
 

 

 

 
 
パリの街が美しいのはひとえにその美観を守るための涙ぐましい努力によるもの。各建物には少なくとも10年に一度の「外壁洗浄=ravalement」が義務付けられていて数か月かけて外壁の磨き直し、塗り替えが続く。建物全体に足場が組まれ不自由極まりない環境にも文句を言う人はおらず、その莫大な費用は各アパルトマンのオーナーが分担して支払うシステム。ようやく終わり白壁が眩しい我が家の建物、昨年の写真と比べるとビフォーアフターのよう。

 

 

 
 
ようやく様々な仕事も一段落、空港へ向かう。エールフランスのラウンジも全てのカウンターはフェースシールド、お掃除スタッフは防護服に近い完全防備、ロビーのチェアはソーシャルディスタンス・・・。コロナのパンデミックで世界は一変、かつての自由な日常が失われた事を認めざるを得ない空港の光景が再び。

 

 

 
 
日本はまだ鎖国状態で数各国を除いて他国からの入国は制限されているため、成田行きのエールフランスはガラガラ、湾岸戦争の時を思い出す。駐機場にも私達が乗るエールフランス一機だけ、機内に入ると更に驚くほど本当に誰も居ない・・・。

 

 

 
 
 
 
 
普段のロングフライトではまずチョイスしない窓側のウィンドウシート、今日ばかりは誰も居ないので久しぶりに変わりゆく空の美しさを満喫する。「遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流はたゆみない宇宙の営みを告げ、光と影にの境に消えて行った遥かな地平線・・・」、城達也のナレーションが聴こえてきそう。眩しく光る朝陽に迎えられるように成田に到着。

 

 

 
 
着陸するといつもとは違い厚生労働省の成田空港検疫所のスタッフが待ち受けている。PCR検査所へ移動すると番号を貰い検査を受ける。荷物のターンテーブルには私たちの一便のみ、日本の鎖国は続いていることを実感する。

 

 

 
 
私の帰国と入れ違いでスタージュスタッフのT嬢がパリへ出発、お見送りに行く。難しいご時世だけれど万全の対策を取りつつパリで何かをつかんで欲しい、と祈るような気持ちで送り出す。私がパリに旅立った33年前を思い出しジーンとしたのも束の間、「羽田も誰も居ません・・・」と言う写真が届き現実を知る。

 

 

     
 
 
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